メガネの話


 私はメガネがないと生活がままならないド近眼である。乱視は殆どないのだが、右目が-8.25D、左目が-7.50Dという度数のメガネを使用している。
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【追記】
更に度数は進み、乱視も入ってきた。
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 ところで、メガネも光学製品である。そのためカメラオタクが興味を持ち、こだわりを持ち、複数本持つのは自然の摂理と言える。

 現在所有しているメガネは以下の通り。

・ZEISS プンクタール ガラス球面 n=1.60, v=41.7 (999.9)
・伊藤光学 ガラス球面 n=1.52, v=58 (GOLD&WOOD)
・ホッタレンズ(TSL) 1.7AE1-SV ガラス非球面 n=1.70, v=52 (Amiparis)
・東海光学 ベルーナJX-CVf プラスチックオーダーメイド両面非球面 n=1.70, v=36 (999.9)
・TALEX プラスチック偏光球面 n=忘れた (ZEAL OPTICS)
・忘れた プラスチック球面 n=忘れた (Line Art)

 nは屈折率、vはアッベ数を表す。アッベ数の意味については後述。

 この内メインで使用しているのはZEISSのプンクタール1.60だ。また、この他にHOYAのガラス球面、999.9のニコンOEMプラスチック両面非球面を持っていたがレンズ交換により現在はない。低屈折率のプラスチック調光レンズも持っていたが、こちらは現在諸事情によりフレームごと持っていない。
 これ以外にも小学生の頃からさまざまなメガネを使い続けてきた。その経験からベストなメガネレンズ選びについて私見を述べたい。


  • 「いいレンズ」とは?

 材質や収差の知識がない人は、レンズを選ぶときはメガネ屋が提示する選択肢から選ぶことがほとんどだろう。その場合に提示されるものは
1. 材質はプラスチックのみ。
2. グレードの選択は屈折率の高低で、高屈折率のほうが高い。
3. 設計は球面か非球面か両面非球面か。非球面・両面非球面のほうが高い。
4. 耐傷・防曇・ブルーライトカットなどの機能性コーティングの有無。
 これら4種類の組み合わせくらいになる。レンズメーカやアッベ数などは特に知らされないことが多い。
 知識がない人がこれらの情報から「いいレンズ」を選ぼうと思うと、評価基準は値段くらいしかない。そうなると「高屈折率・両面非球面・機能性コーティング付き」が最高のレンズとなる。
 さて、そのレンズは本当に「いいレンズ」なのだろうか? 結論から言うと、少なくとも私は絶対にそのレンズは選ばない(遊びで作る場合を除く)。
 ここで「いいレンズ」とはなにか、定義を決めておく。ここで言う「いいレンズ」とは、収差が少なく視界に違和感を生じないレンズだ。他者からの見た目は評価に含まない。
 上述の高いレンズをその基準で見た場合、「いいレンズ」と評価することはできない。では高いお金を出したぶんは何に反映されているのか? 答えは「薄さ」だけだ。
 一般的なメガネ屋では薄さ至上主義のような説明をされることが多く、視界の良好さについては説明が難しく個人の感じ方にも差が大きいこともあって触れられることは皆無と言っていい。そのため、この記事で「いいレンズ」の条件を説明しよう。


  • プラスチックか、ガラスか?

 現代のメガネレンズは99%がプラスチック製だ。しかしガラスという選択肢も一度考慮に入れてみてほしい。
 ガラスのメリットは
・耐傷性が高い。(コーティングにもよる)
・透過率が高い。
・アッベ数が高い。(高屈折率の場合)
・屈折率が高い。
・枠入れ時の歪みがほぼない。
・耐熱性が高い。
 などがある。
 透過率の高さはメリットがわかりにくいかもしれないが、わずかでも明るければ瞳孔が小さくなることで収差の影響が減り、視界の品質が良くなる。また、プラスチックレンズの場合はレンズを枠に固定するときの力でレンズが僅かに歪んで度数にムラができてしまうのだが、ガラスの場合はそれがない。
 私は視界の良好さを追求するならばガラスをおすすめする。

 とはいえ、当然デメリットもある。
・衝撃で破損の危険がある。
・フレームの選択肢が少ない。(ハーフリム・ツーポイント等が不可)
・重い。
・非球面設計がめったにない。
・売ってない店も多い。
 このうちフレームの選択肢と重さは人によっては致命的にもなる。またスポーツに使用するならば破損時のことを考えて避けたほうが無難だ。
 そのため、ここは好みで選んでしまっても構わない。


  • 屈折率は高いほうがいいのか?

 ここまでの文章を読んでもらったならば高屈折率は良くないという結論になることは分かると思う。その理由を説明しよう。
 屈折率を高くして得られるメリットを列挙すると
・レンズが薄くなる。
・ごくわずかだけレンズが軽くなる(ことが多い)。
 以上だ。

 ではデメリットの方を挙げると
・アッベ数が低くなる。
・場合によってはごくわずかだけレンズが重くなる。
・値段が高くなる。
 まずはアッベ数とはなにか説明しよう。簡単に説明するとアッベ数とは色収差の出にくさだ。一般的に屈折率が低いほどアッベ数は高くなり、数字が高いほど色収差が少ない。一般的なメガネ用レンズでは59が最高、30が最低となる。(私の所有メガネのうちホッタレンズの1.7AE1-SVが屈折率1.70でアッベ数52を確保しているのは例外中の例外なので参考にしてはいけない)
 このブログを読むカメラオタクならば色収差(この場合倍率色収差)とはどういうものか知っていると思うが、念のために簡単な説明をするとレンズの端の方で白黒の境界部を見た際に赤や青の色にじみが見えることを言う。
 私の個人的な感覚ではアッベ数42あれば色収差が気になることは少なく、それ以上のアッベ数52、58では42のときと大きな差は感じない。逆にアッベ数36では色収差が大きすぎて常用する気にならない。車の運転中にサイドミラーを見たときなんかは低アッベ数では気になって仕方がない。このあたりは個人の感覚によって許容範囲が変わる。36でも気にならない人はいるだろう。
 また、色収差が発生すると解像力も低下する。これはSIGMAの105/1.4が85/1.4に比べ色収差を改善したことでMTFも大きく向上したことからも分かるだろう。
 次にレンズの重さについて。一般的には高屈折率でレンズが薄くなれば無条件に軽くなると思われているが、それは不正確だ。というのも、屈折率が高くなると比重も高くなってしまうためである。例として東海光学のプラスチック素材でn=1.60と1.76の比重を比較すると、1.30と1.49となっている。つまり高屈折率レンズを使用することによって体積が86%以下まで薄くならなければ、逆に重くなってしまうということだ。
 ここでフレームのレンズ幅が小さく、度数も低い近視用メガネを考える。レンズ中心部は0.8〜1.5mm程度の厚みが必要で、レンズ幅が小さければ体積に一番差が出る周辺部は使われず、度数が低ければ厚みの差も非常に小さくなる。この条件では体積86%以下を達成できない組み合わせも稀にだが発生する。また、重くなるとまではいかずとも期待したほどは軽くならないことは分かるだろう。
 値段に関しては言わずもがな。高い金を払ってろくなメリットもなく色収差のデメリットを買いたいか? 私はゴメンだ。


  • 非球面は見え方が良い?

【追記】
 以下の文章は球面の補正についての説明と体感について書いており、乱視の補正が入ったレンズについてはこの限りではない可能性がある。

 メガネ屋でSEIKOが作っている球面と非球面の比較用什器を見たことがある人は多いと思う。球面レンズでは糸巻き型の歪曲収差が大きく見え、周辺部の像が流れているようなやつだ。ついでに「はっきり見える範囲が非球面のほうが広い」と書いてあったりする。
 率直に言うが、あれは詐欺だ。
 まず球面と非球面の比較だが、あれは非常に深いカーブを持ったレンズを凸面側から離れて見させている。実際のメガネの装用環境では浅いカーブのレンズを凹面側から目のすぐ近く(一般的に角膜頂点間距離12mm)で見ている。これだけ条件が違えばなんの参考にもならないに決まっている。実際に球面レンズのメガネを使っている人なら分かると思うが、球面でもあれほどの歪曲が発生することはない。そもそも、アレは糸巻き型歪曲が出ているが近視用メガネで出るのは樽型歪曲だ。
 また、非球面のほうが広い範囲ではっきり見えるという広告だが、それも嘘である。正確に言えば「球面・非球面以外の全ての条件を同一に揃えれば正しい」と言えるのだが、そんな設計をするメーカはない。
 では非球面とは何をしているのか? 答えはまーた「薄さ」だ。
 同一度数でメニスカス凹レンズを薄くするにはベースカーブ(対物側・凸面のカーブ)を浅くすればいい。ただし単に浅くするだけでは非点収差が増加し、周辺像質が急激に悪化する(この辺は超広角レンズに出目金が多い理由と同じ)。非球面はその悪化した非点収差を球面レンズと同等レベルまで戻すという役割を担っているのだ。
 つまりまるで視界を良くする技術かのように宣伝されている非球面だが、その実はレンズを薄くするためだけの技術なのだ(東海光学のベルーナMUクリアリータイプやCVfはそうとも言い切れないが)。
 ちなみに実際の歪曲収差についてだが、手元のZEISSプンクタール球面、ホッタレンズ1.7AE1-SV非球面、東海光学JX-CVf両面非球面で比較するとプンクタール球面が一番少なく、東海光学の両面非球面が一番大きい。以前持っていたニコンの両面非球面も樽型歪曲が非常に大きかったので、非球面で歪曲が小さいという宣伝文句も果たして信用できるのだろうか。これに関しては私の知識不足で理論的な説明ができないが……
 歪曲の具合の参考として、メガネ越しにスマートフォンのカメラで撮影した画像を載せる。レンズとスマートフォンの距離、被写体までの距離等を固定して撮影できるわけではないので、あくまで参考だ。

ZEISSプンクタール(球面)

東海光学ベルーナJX-CVf(両面非球面)

 (ちなみに、ハイカーブレンズと言われるレンズは深いカーブを持つにもかかわらず見え方が悪いと言われているが、これはフレームそり角の影響で光軸が外を向くためにカーブが深くても非点収差が強く出るからである。真正面から見れば頂点間距離にもよるが見え方は良いはずだ)

 さて、つまり非球面設計というものの特徴は「薄い」。それで終わりだ。「いいレンズ」かどうかにはあまり関係がない。
 どころか、歪曲を考えると球面のほうがいいとすら言える。しかし樽型歪曲が大きいレンズも光軸中心付近でものを見る場合にルーペを通したようにわずかだけ大きく見えること、他者から見たときに輪郭のズレが小さく見えることというメリットもあるので、一概に悪いと断定できるものではない。私は嫌いだが。


  • おすすめのレンズ

 今までの話をまとめると、「いいレンズ」とは
・できればガラス
・高アッベ数(≒低屈折率)
・できれば球面設計
・機能性コーティングはお好きに
 というレンズとなる。視界の良さを追求すると、最も安いレンズが最も良いレンズとなるのだ。
 具体的なおすすめとしてはやはり私もメインで使用しているZEISSのプンクタール1.60か、ホッタレンズの1.7AE1-SVだろう。特に1.7AE1-SVは屈折率1.7でアッベ数52というスペックは唯一無二のものだ。非球面設計であるが歪曲もそこまで気にならない。ただしレンズ銘柄決め打ちで考えると売っている店が全く見つからずに苦労する可能性も高い。私は隣のそのまた隣の県までメガネを買いに行ったことがある。
 また、ZEISSや1.7AE1-SVでなくとも、プラスチックであってもこの方針は覚えておいて損はない。特に度数が強くない人の場合、高屈折率のレンズを選ぶのは無意味と言っていい。どうしても自分の視界よりも他者からの見た目を気にするという人でなければ、一番安いレンズを選ぶべきだ。
 メガネ屋の立場で考えれば高いレンズを売りたいのは分かる。ここで説明したような内容を全ての客に理解してもらうのも土台無理な話であるし、具体的に厚みの数字を提示して営業できる薄さ偏重の風潮になるのは十分理解でき仕方のないことだろう。
 なので視界の良さで選びたい人は自分で知識を付けて自分で選ぶしかない。この記事を読むことで良いメガネライフを送ってもらいたい。

3 件のコメント:

  1. 初めまして、投稿失礼致します。

    非球面、両面非球面のメリットは、乱視が入った度数のレンズでこそ発揮されるものではないでしょうか。
    そのため、貴殿のような球面のみの度数では違いがない、むしろデメリットが顕れやすいのかと存じます。
    いかがでしょうか。

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    1. なるほど、確かにそうかもしれません。私は乱視がないので体感の違いも確認できませんし。
      本文中に追記しておきました。

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  2. アッベ数と屈折率が、すごく役に立ちました。ありがとうございます。
    今、一番軽いフレームを探していますが、レンズの重さも重視しています。
    同じフレームに入れて計測したらフレーム込みで、「SEIKO境目無遠近17.4g>中国の安物1焦点17.3g>東海2焦点17.0g>イトー2焦点15.8g」の順番でした。今までは、東海の16mm小玉の2焦点を使ってきましたが、もう売っていません。丸型が無いのが残念ですが、イトーレンズが一番軽かったです。紙袋にはFB28IMと書いてあります。

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